日本の伝統的な仏事をよく知る人々はしだいに高齢になり、世代交代によって葬儀のかたちも多様化しています。形式にとらわれない自由な葬儀で故人を見送りたい、と望む人も多くなりました。
そのような風潮のなか「そもそも戒名とは?」「戒名がないとお葬式ができないの?」「戒名はどうして高いの?」という疑問を持つ人も増えています。
この記事では、戒名の由来や費用、戒名は必要なのかなどについて解説します。
戒名とは
仏式で故人を弔うには「戒名」が必要です。戒名は死後に仏様の弟子になった証として、菩提寺から授かる仏名のことです。
戒名は、本来は生きているあいだにつけられるものでした。現在では逝去後に遺族が依頼し授けられるのが一般的です。
菩提寺が遠方にあるため葬儀は故人の居住地の寺院で執り行うときも、戒名は菩提寺に連絡をして授けてもらうのが習わしです。
日常的には、戒名が書かれた位牌を仏壇に安置し、合掌礼拝して供養します。ただし、浄土真宗では位牌は用いません。また戒名は、浄土真宗では「法名」、日蓮宗では「法号」と呼びます。
人が亡くなると、生前の名前(戸籍上の氏名)は、「戒名」に対して「俗名(ぞくみょう)」といいます。
戒名は江戸時代に、檀家制度とともに庶民に広まりました。檀家とは、特定の寺院に所属し、お布施や寄付、会費などを支払うことで寺院の維持を助ける家のことです。
江戸時代に生まれた檀家制度は寺請制度ともいわれ、家ごとにいずれかの寺院の檀家になることを義務付けられました。檀家はお布施や寄付により寺院を支え、かわりに寺院からは葬儀や法要に手厚い供養をしてもらえる制度です。寺院は、故人を仏様の弟子として浄土へ送り出すための「戒名」を授与するようになりました。
戒名が必要なケースと不要なケースとは
戒名をつけるのは、仏式で故人を弔うことが前提です。現在、日本の葬儀の約9割は仏式で執り行われているため、ほとんどの人が戒名を授かることになります。
戒名がなくても、葬儀をあげることは可能です。ただし戒名をつけずに葬儀、納骨を行うには条件があります。
戒名が必要なケース
以下の葬儀、納骨では戒名が必要です。
- 僧侶に読経を依頼し、仏式葬儀をあげるとき
- 菩提寺があり、寺院内墓地に納骨するとき
戒名が不要なケース
前述したように、戒名とは仏様の弟子になった証として与えられるものです。そのため、以下のような葬儀では、戒名は必要ありません。
- 神式、キリスト教式など仏式以外で葬儀をあげるとき
- 菩提寺がなく、宗派不問の墓地に埋葬したり散骨したりするとき
- 僧侶を呼ばず直葬(火葬式)を行うとき
- 無宗教葬儀をあげるとき
- 故人の遺志に戒名不要とあったとき
菩提寺があり無宗教葬儀をあげたいときは、ご住職とよく相談をして了承を得てください。菩提寺に無断で無宗教葬儀を行うと、納骨を断られたり関係が悪化したりすることがあります。
また、戒名不要が故人の遺志であっても、戒名がないと菩提寺への納骨ができないことがあります。この場合も菩提寺に相談してください。
戒名にまつわるトラブル
戒名でトラブルになりがちなのが、菩提寺があり代々の墓地が寺院内にあるにもかかわらず「戒名はつけなくてよい」「生前の氏名で葬儀をしたい」と希望した場合です。
または自作の戒名を使いたいので戒名料を支払わないと申し出たときにも、トラブルに発展しがちです。伝統や慣習から逸脱すると、どうしても周囲との摩擦が生じます。
寺院の収入源は、檀家から得る葬儀や法要のお布施が大きな部分を占めます。お布施は宗教法人としての収入となり、住職や他の職員の給与や寺院の維持管理費に充てられています。「戒名に費用を払いたくない」という理由で俗名の葬儀を希望すれば、菩提寺の心証はよくないでしょう。
お布施は10~100万円とかなりの幅があります。高額なため、遺族の負担が大きいのは当然です。故人の預貯金や死亡保険金があれば、葬儀費用やお布施に充てるのが一般的です。
もし経済的理由で戒名を断りたいのなら、むしろ事情を話して金銭負担を軽くする方法をご住職と相談することをお勧めします。
葬儀費用のうち戒名料の占める割合は大きい
景気低迷の昨今、戒名で問題になるのは、戒名料を含むお布施の高額さです。葬儀にかかる費用のうち大きなものが①葬儀代金(葬儀社への支払い)②宗教者への御礼(お布施)③飲食、接待費 ④返礼品、香典返し、となります。それぞれ、費用を抑える方法を考えてみましょう。
①の葬儀代金は、近年みられる葬儀規模の縮小化や家族葬を行うことで、軽減できる可能性があります。
②のお布施は、菩提寺がある程度の目安を決めているため、低額にしてほしいという喪家の希望が通るかは難しいかもしれません。
③の飲食、接待費は、通夜ぶるまいや精進落としにかかる費用です。そもそも執り行わないか、簡略化することで費用を軽くできます。
④の返礼品や香典返しも、単価を落とすことで軽減できます。
以上から、葬儀費用全体をみると、宗教者への御礼、特に仏式葬儀におけるお布施(戒名料)の出費が負担だと感じる人がいても不思議ではありません。しかし、柔軟な対応をしている寺院が増えていますので、経済的に厳しいときには率直に相談してみましょう。
戒名を授かるまでの流れ
以下は戒名を授かる手順です。通夜までには、戒名を決めてもらうのが一般的です。そのため、仏式で葬儀をあげると決まっていれば、逝去後すみやかに菩提寺に連絡をする必要があります。菩提寺がなく仏式葬儀をあげたい喪家は、葬儀社に僧侶を紹介してもらいましょう。
- 医師の死亡確認、死亡診断書発行
- 葬儀社依頼
- 菩提寺に連絡
- ご遺体搬送、安置
- 枕飾り設置、僧侶による枕経
- 戒名依頼
- 戒名が決まり次第、僧侶に白木位牌に書いてもらう
※逝去後の初めての読経を「枕経」といい、安置されたご遺体の前でお経をあげてもらいます。
※白木位牌とは、忌明けまで使う仮の位牌のことです。四十九日以降は本位牌に替えます。白木位牌は、葬儀社が提供する葬儀プランに含まれていることがあります。
戒名の構成
戒名は厳密には二文字です。現在は「院号」「道号」「戒名」「位号」の4つの要素で構成されています。下の図の△△の部分がもともとの戒名です。
戒名に他の要素を加えることで、故人が生前どのような人だったかを表しています。主に職業、人柄、打ち込んだ活動や趣味などを彷彿とさせる文字が選ばれます。
- 〇〇:院号
- □□:道号
- △△:戒名
- 居士:位号
院号
元来「院」とは一区画の建造物の意味です。かつて院号は寺院を建立した人への尊称で、殊勲のある功労者へ与えられました。「院殿」は社会的地位が高い人、「院」は信仰心のあつい人に与えられます。院号がつかない戒名もあります。
道号
元来、仏教を極めた人への称号でした。生前の雅号、別名、ペンネームなどを用いることがあります。院号のない戒名は道号から始まります。
戒名(法名、法号)
もともとはこの二文字だけが戒名でした。故人の生前の名前や、仏典から文字をとりつけられます。
位号
仏教徒としての位、性別、大人か子どもかの区別を表しています。以下が位号の例で、各寺院や地域により違いもみられます。
男性位号 | 女性位号 | 与えられる対象 |
居士(こじ) | 大姉(だいし) | 徳があり信仰心があつく寺への貢献度が高い人 |
信士(しんじ) | 信女(しんにょ) | 一般的な位号で、15歳以上の信仰心があつい信者 |
禅定門(ぜんじょうもん) | 禅定尼(ぜんじょうに) | 仏門に入り剃髪した人 |
童子(どうじ) | 童女(どうにょ) | 15歳未満 |
孩子(がいし) | 孩女(がいにょ) | 6歳未満 |
嬰子(えいじ) | 嬰女(えいにょ) | 2歳未満 |
戒名料の差はどこで生じるのか
一般的に戒名を授かった御礼(お布施)は10~100万円ともいわれ、金額にかなりの幅があります。戒名料の金額の差はなぜ生じるのでしょうか。
これは「院号」の有無と、どの「位号」が使われるかで戒名料が変わるためです。院号がつく戒名は高額になります。ただし「院殿」は相当地位の高い人以外、ほとんど使われないようです。
院号のある戒名料の例
- 院:50万円~
- 院殿:100万円~
位号による戒名料の目安
- 信士・信女:30万~50万円
- 居士・大姉:50万円~80万円
戒名に必要な費用
戒名そのものは本来、金銭で売買される性質のものではなく、故人の信仰の深さや菩提寺への貢献度で決まります。そのため料金表はなく、通常は領収書も発行されません。
しかし戒名を授かったら菩提寺にお布施を渡すのが通例で、目安とされる金額はあります。金額がわからないときは、菩提寺に直接聞いても失礼にはあたりません。あるいは以前、家族が亡くなったときに渡した金額がわかっていれば同程度にしてもよいでしょう。
授かった戒名は四十九日までは白木の位牌に、それ以降は本位牌に書かれるため、位牌購入の代金が必要になります。
納骨までには墓石の裏面、側面、または戒名碑など先祖代々の戒名が彫ってある場所に新たに彫刻してもらうため、その費用が発生します。
戒名料
読経料と合わせ「御布施」の表書きで喪主(施主)の氏名または〇〇家として僧侶に渡します。喪主のフルネームのほうがていねいといわれていますが、地域の慣習に従ってください。渡すタイミングに決まりはありません。葬儀後か、葬儀翌日に挨拶に赴き渡すことが多いようです。
鎌倉新書が行った「第5回お葬式に関する全国調査」では、2022年のお布施(寺院・教会・神社など宗教者への御礼)の平均費用は22.4万円でした。
白木位牌
通夜までには僧侶に戒名を書いてもらうのが通例です。白木位牌そのものは2,000~3,000円程度です。葬儀社提供の葬儀プランにすでに含まれていることがありますので、確認してください。
本位牌
仏具店や葬儀社、ネットショップなどで購入し、忌明け後に白木位牌と交換します。本位牌は、今後仏壇に納めて供養するものです。価格帯は名入れを含め1~5万円が中心です。本位牌は「塗位牌」や「唐木位牌」、「モダン位牌」などがあり素材により価格が違います。
墓石への文字彫刻料
墓石への彫刻は石材店に依頼します。墓石の購入先や以前の彫刻依頼先がわかっていれば同じ店舗に頼むのが無難です。彫刻料は2~5万円程かかります。
戒名が記載される場所とは
戒名は主に以下の場所に記載されることになります。
位牌
戒名が彫られた位牌には故人の魂が宿るといわれ、故人そのものと考えられています。位牌は通常、仏壇に納められます。
墓石
代々の墓に戒名が彫られています。納骨までに彫刻を済ませるのが一般的です。
卒塔婆
故人の供養のために墓に立てられる細長い木の板のことです。納骨、法要、お盆、彼岸などに菩提寺に頼んで用意します。
過去帳(過去帖)
亡くなった人の戒名、俗名、没年月日、享年などを記載した記録簿のようなものです。
その他
会葬礼状や法要の案内状に故人の氏名とともに戒名も記載することがあります。
※位牌の由来
中国の民間信仰に、位牌を拝む習慣がありました。中国の禅宗が取り入れて日本に伝わり、現在の供養のかたちとなったといわれています。
戒名は自分でつけられる?
菩提寺に戒名をつけてもらうと、相応の金額をお布施として渡すのが慣例です。そのため、生前に自分で戒名を決めておきたいと考える人もいます。遺族が、自分たちで故人の戒名を決めたいと希望することもあります。
一般的ではないものの、戒名は自作も可能です。「戒名は、自分で決める」など、いくつか書籍も出版されていますし、「戒名メーカー」をはじめとする数種の戒名自動生成アプリもあります。
参照:戒名は、自分で決める 戒名メーカー
しかし伝統的に、戒名は菩提寺から授与されてきました。戒名のつけかたには一定の決まりがあり、宗派によっても異なります。
たとえば、浄土宗では譽(誉)の字が入る「譽号(よごう)」があり、日蓮宗では日の字を入れる、浄土真宗では位号がなく釋(釈:しゃく)の字が入る、などの決まりがあります。天台宗や真言宗では戒名に「梵字(古代インド語を表す文字)」が入ります。また、戒名には使用できない文字もあります。
自作の戒名を菩提寺が受け入れてくれるかどうかは、相談してみないとわかりません。しきたりを重んじる他の遺族、親族の反対に遭うことも考えられるため、戒名の自作を考えている人は慎重に行いましょう。
生前戒名を取得するメリット
生前戒名とは
現在は、人が亡くなってから遺族が菩提寺に依頼し、故人の戒名をつけてもらうのが一般的です。しかし、生前に戒名を授かることも可能です。
この10年ほどのあいだに「終活」の概念が広がり、エンディングノートなどを利用して家族に伝えておきたい情報やメッセージをまとめる人が増えました。
生前戒名の取得も、終活の一環です。すでに生前戒名があり、エンディングノートを持つ人は、自分の戒名を記載していることがほとんどです。生前戒名は、生きているあいだに授与されるため、戒名料(お布施)は本人が支払います。
生前戒名のメリット
生前戒名を得るメリットは、遺族の負担軽減がはかれることです。特に配偶者や子の精神的、経済的負担が軽くなります。また、お布施は死後の戒名より生前のほうが低額で、約2分の1ともいわれています。
ご住職と相談しながら戒名を決めるにあたり、自分の意思や希望を伝えられるため、納得のいく戒名を授かることができます。
生前戒名の注意点
生前戒名を授かったあとに、宗旨宗派や寺院の変更はできないことになっています。また、菩提寺がある人は菩提寺以外で生前戒名を取得してしまうと、亡くなってから菩提寺での葬儀や納骨を断られるケースがあります。生前戒名は、菩提寺から授かるものと心得ておきましょう。
まとめ
近年、そもそも戒名とはなにか、なぜ戒名は高額なのか、という疑問を抱く人が増えたといわれています。
日本の多くの家には菩提寺があり、地域の人々がお布施や寄付、会費などにより支えてきた長い歴史があります。しかし近年、葬儀のあり方も多様化し、慣習にとらわれず自由に故人を弔いたいと考える人も増加しました。
かつては戒名に対する疑問を抱く人も少なく、伝統に従ってきたところ、今日に至って新しいスタイルの葬儀も珍しくなくなっています。
しかし現状では、仏式葬儀をあげて菩提寺の墓地に納骨するのであれば戒名は必要で、それに伴う出費も考慮しなくてはいけません。
仏式で葬儀をあげるには、戒名の意味を理解し、故人の人柄にふさわしい戒名を授かるようにしましょう。